トップナパヴァレーとは

ナパヴァレーワインの歴史と変遷

ナパの起源

ナパヴァレーに最初に棲みついたワポ族インディアンにとって、「ナパ」とは豊潤の地を意味しました。産卵のために上ってきた鮭が河川に溢れ、渡り鳥の集団が空を翳らすほど飛び廻ったものです。平地にはワイルドキャット、エルク、黒熊、グリズリーベアーが自由奔放に行き交い、野生の葡萄も豊かに実っていましたが、ナパヴァレーのワイン産地としての将来性が見出されたのは、ジョージ・カルヴァート・ヨーントのような開拓者がやってきてからでした。1836年、現在のヨーントヴィルに初めて住居集落を築いたジョージ・ヨーントは、このヴァレーに葡萄畑を開墾しました。他にも、初めて商業ベースの葡萄栽培を始めたジョン・パチェット、葡萄栽培について連載記事を新聞に寄稿し、葡萄栽培の普及に貢献したドクター・ジョージ・クレーン、400種類以上の葡萄品種を実験的に栽培したハミルトン・ウォーカー・クラブといった、初期のパイオニア達の活躍がありました。

people drinking wine

パイオニアの時代

チャールズ・クルッグは、1861年にナパヴァレーで初めて、商業ワイナリーを創立した人として知られています。その後、シュラムズバーグ(1862年)、ベリンジャー(1876年)、イングルノック(1879年)などが創立され、1889年には140以上のワイナリーが存在していたと言われています。しかしながら、急成長したワイン産業は、葡萄の過剰生産により価格が急落し、加えてフィロキセラ禍の到来により大きな打撃を受けました。

禁酒法時代

ナパヴァレーのワイン産業に、より大きな脅威をもたらしたのは、1920年に制定された禁酒法でした。葡萄畑は放置され、ワイン生産者達はこの14年間、別の職業を見つけざるを得ませんでした。わずか一握りのワイナリーだけが、礼拝用ワインの生産を許された時代です。1933年に禁酒法が廃止されると、ナパヴァレーのワイン産業は復興、成長、そして現在の洗練の時代へとルネッサンス期を迎えました。

NVV(ナパヴァレー・ヴィントナーズ)の誕生

ナパヴァレーのワイン産業の歴史において、1940年代初期は重要な転機となりました。1943年、葡萄栽培、醸造、そして美味しい食事とワインについて懇親的な雰囲気で意見を交換し合う一連のワイナリーが結集し、ナパヴァレー・ヴィントナーズ(NVV)の礎石を築きました。ナパヴァレーのワインを、全米はもとより海外に普及させることを目的とする力強い啓蒙促進団体として誕生しました。

グロワー(栽培者)

1975年には、ナパヴァレー・グレープグロワーズ・アソシエーションが創立されました。今日では、グロワー(栽培者)とヴィントナー(ワイン生産者)が一体となって、双方に共通する問題やプロジェクトに取り組み、積極的なマーケティング活動を展開しています。

チャリティ(慈善活動)

1981年、メドウッド・リゾートで開かれた第一回ナパヴァレー・ワイン・オークションは、ナパヴァレーの歴史に新しい一章をスタートさせました。NVVのスポンサーによるナパヴァレーの食とワインの祭典は、世界中から参加者が集まり“世界最大のチャリティ・ワインオークション”として知られるようになりました。地元の医療機関や青少年育成プログラム、低所得者用住宅建設に貢献するなど、1981年以来、今までに9700万ドル(約97億円)が寄付されてきました。

現在そして未来

今日、ナパヴァレーには400以上のワイナリーがあります。葡萄畑やワイナリーでは、科学的な根拠に基づいた最先端の技術や情報に、伝統的な技法を組み合わせ、ワールドクラスのワインを生産するワイン産地として、世界中の市場で高い評価を得ています。


ナパヴァレーについて

便利な情報

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